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2021.12.15

転職体験そのものが変わる。“転職エージェント”革命の全貌

 大手人材会社が席巻する転職業界の変革を担うサービスが登場した。

 転職者が口コミをもとに自ら転職エージェントを選ぶサービス「みんなのエージェント」だ。

 市場規模およそ9兆9,704億円(※)、年間転職者数およそ300万人、国内転職マッチングサービス数約1万7000と言われる転職市場において、なぜこのサービスがいま誕生したのか。

 C2C PTE. LTD.と協業で同サービスを運営している株式会社みんなのエージェントの徳谷智史氏に話を聞くと、そこには我が国の転職を取り巻く根深い問題が浮かび上がってきた。

徳谷智史(とくや・さとし)

株式会社みんなのエージェント代表取締役。エッグフォワード株式会社代表取締役。京都大学経済学部卒業後、大手戦略コンサル・同海外オフィス代表を経て、2012年エッグフォワード株式会社を創業。スタートアップから大企業まで、経営・組織コンサルティングや人材開発に従事。同時にキャリア支援のプロフェッショナルとして、10,000人以上に対し研修・講演・セミナーを実施。この度、新たに人材業界を変革すべく、C2C PTE. LTD. と共同出資で株式会社みんなのエージェントを設立。News Picks NewSchoolプロフェッサーも務める。

※パーソル研究所調べ       https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000721722.pdf

◆転職マッチングサービスは「工場と一緒」

「従来の転職マッチングサービスには、構造的に転職者と人材会社の間でインセンティブの違いがありました。転職の時期がズレても最適な転職先を見つけたい転職希望者に対し、人材会社はより多く、より早く人を転職させればさせるほど儲かる仕組みがあるのです。」

 徳谷氏は、現状の転職市場の構造そのものに起きている問題をこう口にした。

「各種転職マッチングサービスは、転職希望者の転職が決まることで年収の概ね35%が人材会社に入る仕組みです。つまり、転職者の数が多くなれば多くなるほど収益が大きくなります。そのため、転職者にきちんと向き合う本当に素晴らしいエージェントさんもいる一方で、転職したい人にどういった企業が向いているかなどの個人の特性には向き合わずに、ノルマに追われとにかく転職をさせるという転職エージェントさんも珍しくないのが現状でした。」

 これによって起きてしまう問題とはなにか。

「転職者が自身の適性を考慮せずに転職を決めた場合、転職先が合わずにすぐに退職をしてしまうケースが少なくありません。人材会社によっては転職者が3ヶ月以内で退職するなど早期退職の場合は返金を行うこともありますが、一部の既存の転職マッチングサービスでは、こういった損失も込みで転職を推し進めているケースもありました。」

 いわば、人材会社は”返品率”も計算してとにかく転職者数を増やすKPIを設定しているというのだ。

「実際の例として、転職者の34割は半年以内で辞めるという予測でKPI設定をしている会社もありました。以前、ある大手人材会社の代表とお話したときに、『大きな声では言えないが、うちは工場と同じことをやっている』と表現していました。つまり、『人を右から左に流すだけ。不良在庫の可能性も加味して転職させたら終わり、後は知らない』という考え方なのです。事実、転職をした後のユーザーに、エージェントからコミュニケーションをとることは禁止していました」

「私は、人をモノ扱いするトップの話を聞いて愕然としました。業界の大手企業がこうした考えで人のキャリアに向き合っているとしたら、こんなに悲しいことがあるだろうかと。」

 言うまでもなく、転職はその人のキャリアに多大な影響を与える決断だ。

 しかし、現状の転職業界では必ずしも求職者が最適な転職ができているわけではないのがおわかりいただけるだろう。

 こうした転職業界の構造自体を変えたいという徳谷氏の想いで生まれたのが「みんなのエージェント」だった。

転職サービスを「電話帳」から「食べログ」へ

では、徳谷氏は「みんなのエージェント」の中でどのようにして変化を起こそうとしているのだろうか。

「ユーザーからすると、自身のキャリアを考える際にまず誰に相談すればよいかがわからない。転職サイトに登録しても、自身に割り当てられるエージェントが最適かどうかなんてわからないですよね。

実際には、転職業界の中には、転職希望者としっかりと向き合い、適性やスキルを判断して相性の良い企業を紹介する素晴らしいエージェントの方が数多くいます。そこで、先ほど挙げた返品前提の転職支援をしない人が適切に評価され、転職希望者も自分に向いている優秀なエージェントに出会える仕組みを作れないかと考えたのです」

 従来の転職サービスと「みんなのエージェント」で大きく違う点は、就職活動のスタート方法にある。

 「みんなのエージェント」のサイトを開いてみよう。

 すると一目瞭然。

 転職先の候補となる企業ではなく、転職エージェント「個人」の紹介に大きなボリュームが割かれているのがわかる。

 つまり、「企業」を選ぶ前に「人」を選ぶUXとなっている。

 各転職エージェントのページを開くと、それぞれのエージェントの得意としている分野(CxOに強い、エンジニアの転職に強い、マネージャークラスに強いなど)、自己PR、可能なサポート内容などが公開されている。

 その情報を元に、転職希望者は自らが希望するエージェントを指名する形だ。

 転職希望者が「この人と一緒に転職活動をしたい」と思う人とスタートを切ることができるのだ。

「これまで転職エージェント個人についての情報は少なく、転職希望者はたくさん来たスカウトメールの中から受動的にエージェントを選択するという状態でした。また、転職エージェント側は転職希望者を集めるために、無差別じゅうたん爆撃的に多くのスカウトメールを送る必要があり、少なくない時間的コストが発生していました。実際、スカウトメールの返信率は0.1%を切るというケースも多いです。みんなのエージェントは、このような構造を変革する、双方にとって良好な関係をより築きやすいシステムでありたいと思っています」

 さらに、転職希望者と転職エージェントのマッチングの質を向上させる決め手が口コミだ。

「転職完了後に、転職者にはエージェントについての口コミを書いてもらいます。後に続く転職希望者は口コミを参考にすることで自分にマッチしたエージェントを見つけやすくなります。また、エージェント側も口コミが自分の実績として蓄積されます。口コミは信頼の履歴になり、その情報を元に転職希望者からの相談が増えるという仕組みです」

 むろん、これまでも求職者に真摯に向き合う優秀な転職エージェントについての情報を知ることはできたと徳谷氏は言う。

 しかし、それは従来SNSで密につながった一部のビジネスパーソンのみに開かれているものだった。

 こうした現状に対し、「みんなのエージェント」は従来の転職マッチングサービス内でブラックボックスと化していた転職エージェントの実力を明らかにする、いわば転職エージェントの情報を「民主化」させるプロセスとも言えるだろう。

「従来の転職マッチングサービスは言うならば『電話帳』とでもいうのでしょうか。羅列的に情報は網羅されていますが、実際に転職を体験した人がどう思ったのか、成功したのか失敗したのかという声を知ることはできませんでした。対して、私たちが作ろうとしているのは転職サイトの『食べログ』です。エージェントにどういった支援をしてもらったか、どの人がどの分野に強いのか、そういった生の声をどんどん集めていきます」

◆“かかりつけのお医者さんのように“かかりつけのエージェントさん

 このように、転職業界に一石を投じようとしている「みんなのエージェント」。

 しかし、このサービスはまだ始まったばかりだ。

 今後、どのように転職市場でシェアを広げていくのだろうか。

「まず、当然としてエージェントさんの質と量の保証があります。今後も登録するエージェントさんは増えていきますが、これまでの実績の検証や、厳しい面接、審査制と評価機会を設けることで質の高さを担保します。またエージェント1社あたりからの登録数は上限を設けています。今後は『優秀な転職エージェントが存在している』という事実を広く知っていただくため、エージェントさんのコンテストを開催することも考えています」

 また、転職エージェントの中には、ノウハウやスキルは多く持っていても自分で情報を発信することが得意ではない人が少なくいと徳谷氏は語る。

「今回、『みんなのエージェント』に登録していただいている元リクルートのトップ営業マンで株式会社morich代表の森本千賀子さんのように、テレビにも出られているような有名人はごく一部です。つまり、実は非常に優秀なのにまだ世の中に知られていないエージェントの発信や露出をこのサービスで支援できればと考えています」

 このサービスはエージェントと転職希望者双方が集まって拡大していくものだ。

 では、転職希望者はどのようにして集めていくのだろうか。

 「みんなのエージェント」の主要利用者として想定するのは、20〜30代を中心としたハイクラス人材だ。

 彼らへのサービス認知拡大を図るために、ハイクラス向けのキャリア系オウンドメディアであるThe 3rd Door (https://3rd-door.net/)もローンチした。

「最初のユーザーをどう集めるかは重要です。ターゲットに刺さるメディアとしてThe 3rd Doorをローンチしましたが、狙うのは量よりも質です。例えば、PVだけを追ったマス向けの記事を配信するのではなく、ハイクラス人材がFacebookで大学の同級生や同期がシェアしているのを見て、本当に興味を持って読んでくれるような質の高い記事だけを発信します」

 良質なエージェント、そして自身のキャリアを主体的に選びたい優秀な人材にサービスを利用してもらう。

 「みんなのエージェント」自体もローンチ初期は質の高い口コミによって拡大させていく戦略だ。

「安易に無差別な広告を出したり、マス層に訴求するつもりはありません。『みんなのエージェント』は、優秀な人材が自身の成長に応じてキャリアの中で何度も利用するサービスに育てたいのです。いわば、かかりつけのお医者さんのように、中長期の時間軸で自身のキャリアをステップアップする度にかかりつけのエージェントさんとしてこのサービスを頼ってもらいたいのです」

変えたいのは、「転職のあり方そのもの」

 「みんなのエージェント」が目指すのは、まずは、業界内でのトップ3に食い込むことだ。

 しかし、重要なのは「シェアそのものではない」という。

「転職のあり方そのものを啓蒙したいと思っています。転職サイトを利用し、どこの誰かわからない転職エージェントに自分の人生を左右されるのではなく、自身に最も向いている転職エージェントを自ら選び出し、共に最適なキャリアを構築する。転職のあり方、もっというと人生の意志決定や生き方自体をリデザインしていく起点にしたいのです」

 転職活動のありかた、意思決定のあり方そのものを変えることが「転職革命」なのだ。

 そして、その胎動はすでに見え始めている。

 いま新卒採用市場においては、就職希望者と企業間での情報の非対称性を是正する動きが目立っている。

「先ほど、『食べログ』への変化の話をしましたが、同様の変化は新卒採用でも起きています。これまでは、リクナビやマイナビなどの一覧掲載型のサービスが主流でしたが、ここ数年、就職活動をした学生の生の声が集まるワンキャリアが新卒採用市場を席巻しています」

 ワンキャリアはHR総研がまとめた就職活動動向調査で過去3年間で利用した就職サイトでベスト4以内に入り続けるなど急成長を遂げている。

 この「ワンキャリア世代」が転職活動を開始するころ、市場は大きく雪崩のように変化する可能性がある。

「『食べログ』型の仕事選びを当たり前のものとして就職活動をした20代は、転職時も『食べログ』型の転職サービスを必要とするでしょう。その時にしっかりとニーズに応えられるためにも『みんなのエージェント』を成長させていきたいです」

 かつて、科学哲学者のトーマス・クーンは主著『科学革命の構造』の中で、大きなパラダイムシフトは時代と共に蓄積する従来科学への反論によって起きると分析した。

 その点で、従来型の転職活動への問題点が蓄積しつつある現在は、この業界においても大きなパラダイムシフトが起きる前夜と言えるのかもしれない。